交通事故 損益相殺

既払金の処理


 交通事故で損害を被ったとともに利益を受けた場合は、その利益を損害から控除すべきことになります(昭和63年(オ)第1749号最判大平成5年3月24日)。これを講学上、損益相殺と呼びます。もっとも、被害者が利益の対価を支払っている場合は、その支払いの対価として利益を受けているので控除すべきではなく、実質判断を伴います(例えば生命保険。昭和39年(オ)第328号最判小昭和39年9月25日)。

 損益相殺と過失相殺の先後では、過失相殺が先に行われるべきとされています(昭和63年(オ)第462号最判小平成元年4月11日平成16年(受)第29号最判小平成17年6月2日)。
 もっとも、国民健康保険の療養給付(治療費)などについては例外的に損益相殺を先に行う傾向にありますが(国民健康保険の高額医療費について控除後相殺とした地裁判例として平成13年(ワ)第4280号地判平成15年3月24日)、理論的な問題というより、社会保障的性格から過失相殺になじまないという被害者保護の点とともに、「同質性」ある利益に限って損益相殺されるところ(上記最大判平成5年3月24日)、療養給付について過失相殺後に損益相殺すると、結果的に国民健康保険から損害以上の治療代が支払われたことになり、その浮いた差額分の充当が論点となり、治療代は休業損害や慰謝料と「同質性」がなく充当できないとすると、第三者行為求償事務(国民健康保険法第64条第1項)において保険者(市町村など)が加害者に対して求償できる金額が限定されてしまい、保険者(市町村など)に損害が発生してしまうので、それを防止するという政策的な側面があると思われます。

 以上のことは、難しく聞こえますが、過失相殺後に損益相殺をするということは、人身損害自動計算マシンで説明すると、単に【既払金】欄に○○円を入力するということだけです。
 反対に、過失相殺前に損益相殺を行いたい場合は、【過失割合】より上の損害欄において-(マイナス)○○円を入力するだけです。
 「過失相殺と損益相殺の先後関係」という論点は、一見難しく聞こえますが、この程度の問題でしかありません。

 

 交通事故の損害賠償請求権は交通事故と同時に遅滞に陥るので、事故日から遅延損害金が発生します(昭和37年(オ)第117号最判小昭和37年9月4日)。
 そうすると、過失相殺後に損益相殺(控除)を行うにしても、民法491条が元本に充当する前に利息から充当すべきとしていることから、そのまま過失相殺後の元本から控除(元本充当)してよいのか、過失相殺後の元本より発生した遅延損害金から充当すべきなのかが問題になります。
 判例は、自賠責保険金は遅延損害金から充当すべきとしています(平成16年(受)第525号最判小平成16年12月20日)。 しかし、労災保険金については元本充当すべきとしています(平成20年(受)第494号最判小平成22年9月13日)
 
 これはもうちょっと分かりやすく説明すると、自賠責保険金については、支払日までの遅延損害金を発生させ、遅延損害金から充当し、遅延損害金がなくなれば元本に充当(控除)するということです。 これは、最判小昭和37年9月4日どおり、事故日から支払日までの遅延損害金を発生させ、民法491条どおり、利息・元本の順番で充当をするということです。
 これに対し、労災については、支払日がいつであっても、事故日に支払日があったと擬制し(「事故の日にてん補されたものと法的に評価」(上記最判小平成22年9月13日判決))、遅延損害金は発生させず、元本に充当(控除)するということです。 支払日を事故日に擬制しているので、別段、最判小昭和37年9月4日にも民法491条にも反していないことになります。

 以上のことは難しく聞こえますが、遅延損害金・元本の順番で充当するということは、人身損害自動計算マシンで説明すると、単に【既払金】欄に○○円、【受領日】に受領日を入れるということだけです。
 元本充当する場合は、単に【既払金】欄に○○円と記入するだけです。遅延損害金との関係では、【受領日】に事故日を指定しているのと実は全く同じで、試しに【既払金】欄に○○円、【受領日】に事故日と同じ日を入力しても元本充当になります。逆に言うと、いわゆる「元本充当」というのは、支払日を事故日に擬制しているということです。


 労災保険金は前述のように元本充当されますが、労災の給付は、「保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質」(後掲最判小昭和62年7月10日)でない限り、損害項目を超えて充当されるべきではないとされています(労災の休業給付と障害給付の慰謝料への充当を否定した最高裁判例として、昭和55年(オ)第82号最判小昭和58年4月19日。労災の休業給付について入院雑費、付添看護費、慰謝料への充当を否定した最高裁判例として、昭和58年(オ)第128号最判小昭和62年7月10日。なお、労働政策研修機構のページによると、これらの損害項目は「労災保険給付の対象とならない」ため充当されないとされています。)。

 (損害の性質が同性質でない場合に)損害項目を超えて充当されるべきではないとは具体的にはどういうことかというと、ある損害項目について労災保険が支給された場合、過失相殺によって結果的に余剰給付になった場合でも、その余剰分が他の損害の性質が異なる損害項目には充当されず、損害賠償額は減らないということです。被害者は過剰給付について結果的に貰い得になります。なぜこのようなことが生じるかというと、労災保険には過失相殺がないためです。

 労災の損害項目には下記のものがあります(参考サイト:大阪労働局「労災保険給付と損害賠償項目の対比表」)。

労災保険給付対応する損害賠償の損害項目計算マシンの損害項目
療養補償給付
(療養給付)
治療費治療費
休業補償給付
(休業給付)
休業によりそう失したため得ることができなくなった利益休業損害
傷病補償年金
(傷病年金)
同上同上
障害補償給付
(障害給付)
身体障害によりそう失又は減少して得ることができなくなった利益後遺障害の逸失利益
介護補償給付
(介護給付)
介護費用通院中の介護費/将来の介護費
遺族補償年金
(遺族年金)
労働者の死亡により遺族がそう失して得ることができなくなった利益親族の慰謝料
葬祭料
(葬祭給付)
葬祭費葬儀費用


 以上を踏まえ、労災保険金の給付がある事例の自動計算マシンの使い方を説明します。


 これを表にすると下記のようになります。

給付名目損害項目過失相殺前元本(損害項目別)過失相殺後元本(損害項目別)受給額控除すべき額
療養給付治療費450,000円405,000円450,000円405,000円
休業給付休業損害780,000円702,000円624,000円624,000円
合計 1,730,000円1,557,000円1,074,000円1,029,000円
過失相殺後元本(損害項目別) = 各損害項目の損害額 × 過失相殺後の請求元金/全損害

 労災保険の受給は損害の性質の異なる損害項目へ充当する必要がありません。そのため、治療費の損害は過失相殺により縮減して405,000円になっているものの、療養給付は全額給付のため450,000円の支払いを受けている場合、 結果的に余剰にもらったことになる45,000円を他の損害に当する必要がありません。すなわち「過失相殺後の元本」よりも「受給額」の方が多い場合、結果的に、「過失相殺後の元本」の限度でのみ元本から控除をします。
 「受給額」よりも「過失相殺後の元本」の方が大きい場合は、そのような処理をすることが必要なく、通常通り、「受給額」を元本から控除します。
 従って、自動計算マシンの使用にあたっては、労災保険の給付金を損益相殺(控除)する場合、そのまま【既払金】に[給付金額]1,074,000円を入力するだけでは、被害者に少し損をさせてしまいます。「過失相殺後の元本」の限度でのみ元本から控除すれば足りることから、[控除すべき額]1,029,000円を入力して下さい。以上については手計算が必要になります。

 また、前述のように、労災保険は元本充当なので、自動計算マシンの使用にあたっては、【受領日】はブランクにします。